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虚構新聞はマスコミの鏡やな....

( д) ゚ ゚




http://togetter.com/li/592769

【はだしのゲン】男が女性の性器に一升瓶突っ込みまくって骨を砕いて殺すという表現は、普通にレイティングすべきかと思うわけで。

松江市」の「はだしのゲン」問題に関して。

いくつか気になった記事があって、それで自分なりの考えを
書くことにした。

「教育上の配慮」をすればするほど、教育の効果はどんどん下がる
本当に読んでから批判してる!?「はだしのゲン」問題を批判する新聞社はこの残虐シーンを紙面に載せられますか


私の結論としては、
全巻一律の「閲覧制限」には反対
全巻一律の「自由閲覧」には反対

で、妥協案として、
自由閲覧でも一部ぼかしいれるか、
もしくはレイティングする(6年生以上向け~
とか。

経緯は略すが、
松江市教育委員会が、学校に対して閲覧制限を設けろと「お願い」をして、
学校は閲覧制限をしたと。で、クレームが入って、閲覧制限を解除した
というのが、今の所かと。

もともと、閲覧制限が入ったのは、ある一人のクレーム?からで、
その際は、暴力的な描写とかに対してではなく、歴史的事実かどうかという部分に対しての
突っ込みだったようだけども。


で、実際松江市の対応どうこうについては
ともかくとして、せっかくなんで、色々と考えてみた。


実際に、問題となっているシーンなどを見てみて、
私なりに考えたんだが、なかなか答えが出なかった。

これはやはり難しい問題だと思った


問題となってるシーンは、
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/36798?page=2
おそらくココかということで。

内容としては、
「妊婦の腹を切りさいて中の赤ん坊をひっぱり出したり」、
「女性の性器の中に一升ビンがどれだけ入るかたたきこんで骨盤をくだいて殺したり」
というもの。


旧日本軍が実際に行ったかどうかという所もひとつの焦点になっているみたいだが、そもそもこれグロすぎないか。と普通に思った。


これを普通に小学生(特に低学年)に見れる状態にしているのはよくないと思った。
それは個人的な意見だけど、ぼかしいれるとか、なんかごまかすとか
小学5,6年生向けとかにした方がよくないか?と思った。
※実際に私が通っていた小学校で、そういうレイティングがあった。

戦争の悲惨さを伝えるためには、必要という意見

この意見をよく見る。
「戦争の悲惨さを伝える」という大正義を振りかざして思考停止のごとく
ただただ批判しているだけのように思う。

もちろん戦争は繰り返してはならないという大前提であることには全く異論がないし、
戦争体験を伝えていくということ、私は実際に体験したわけではないので
こういうはだしのゲンなどといった資料を通じて、
それは時に暴力的な内容であったとしても
次の世代にたちに伝えていくことは必要だと思う。


ただ、思うのが、
ココの部分はぼかしを入れても、「悲惨さ」というのは、
はだしのゲン」の中では、そこまで損なわれないということ。


それから、そもそも「戦争の悲惨さ」というものを伝えるためなら、
どれほどの描写も許されるのかということ。


たとえば、この問題のシーンを映像化すると、絶対にR-12やらなんぼかに、
レイティングされる気がする。

本だから、
とか
戦争についてだからとか
国際的に高い評価を受けているから
とかそういうところひっくるめても、
この悲惨さを子供に見せても大丈夫かどうか考えるべきだと思う。


それでも、見せるべきだというのであれば、それはもはや正直個人の感覚の差だと
思う。

ただ、世の流れは、
必ずしもそういう風に傾いてない気がするのも個人的な意見としてはある。

教育上必要という意見。教育上の配慮はするべきではないという意見。

これには全く理解できない。自由閲覧という状態にどこに教育的視点があるというか。
子供の時に読んで、色々考えるきっかけになった。
などという優等生的意見もあるが、それは違う。
たまたまうまくいっただけ。※その人が優秀?なだけ。

教育というのであれば、
どのタイミングで(年齢など含めて)、どのように、どのような方法で
子供に伝えるか考えるべきで、自由閲覧にして、子供にまかせるというのは
教育的にはあまりにも無責任に思う。

過保護だという意見もあるが、「戦争」という重要なテーマである以上は
過保護なくらい、慎重にかつ適切に、子供たちに伝える必要があるはずだと
思う。

何も知らない子供が何気に
あまりにも暴力的な描写や凄惨な描写を目にし、ショックを受け
そもそも目をそむけてしまっては意味がないし、
そこから何も読み取らないかもしれない。

原爆資料館に公開されている写真などを見ると、
あまりにもつらく絶対に戦争というものは繰り返してはならないと強く思うし
子供たちにもいずれは見てほしいとも思う。

ただ、それはただ見せるだけでは意味がないし、
怖がってしまって目をそむけてしまうだけになってしまっても意味が無い。

もし怖がってしまうなら、成長をまって
そのときにまたしっかりと伝えていくということが大切ではないかと思う。

子供にまかせるのではなく、子供に合わせていくことも大切かと。

それ以外の凄惨な描写はいいのか?という問題。


これはわからない、ただ、線引きが難しい問題だからこそ
そう簡単に答えは出ないだろうと思った。

史実として、旧日本軍が行ったかどうかという点について

それは「知らない」


だから、何も言わない。


最後に

とりあえず、難しい問題っすわ。

nanapi けんすう氏のあざとさと、Gunosy炎上の雑感

Gunosyボヤ

Gunosyが少しボヤになったみたいでして。
配信記事がはてぶとほぼ同じだとか、検閲だとか。

そのあたりについていろいろ賛成反論ありまして、色々と炎上のような自体になったようで、Gunosy中の人の見解が
ここ最近のGunosy関連の批判についての所感
出ました。所感とか殿様かよwwwとか思いましたけど、まぁそれは良いとして
これを受けてですね。nanapi けんすう氏が登場しましたわけですけども。

けんすう氏登場

僕がGunosyの社長だったらこのように謝罪文を書きます

謝罪文の見本のようなものと、それを書く上での注意点などを書いてます。

まぁあざとい。あざといっすわ。

Gunosy擁護・批判者には、わかってるやろ?的なドヤ顔をちらつかせ
Gunosyサイドには、俺業界の先輩やでと胸筋を見せつけ。
※すべて私の想像です。

小見出しとかうまい具合にたてて読みやすいっすよ。
ただ、思ったんですけど、これをやっちゃいかん気がしたんですよ。

だって、けんすう氏Gunosy関係ないですやん。
※私が知らないだけで、つながってるかもしれませんが

全く詫びる必要ない立場ですやん。
※そもそもGunosyサイドが詫びる必要があったかどうかは別として。


実際にですね。
その後に、けんすう氏からちょっとした謝罪があるんですが
漫画のコマの引用についてについての調べた結果と謝罪について

謝ってますけど、もう誰が信じるねんと。誰が誠意感じんねんと。
だって、謝罪する気がなくても謝罪文かけることを証明しちゃったもんですからね。
謝罪すりゃいいでしょと、それで御役御免でおねしゃす!みたいな。

しかも、法律引っ張ってきて、ちょっと勉強になりそうなこと書いたりとかしちゃって。
そりゃはてぶに、考察ってタグ付くわ。

詫びに必要なのは、それ自体の行為か、誠意か。

私は後者を優先に考えたい所です。
まぁ詭弁ですけどね。
誠意見せろやゴラアアアアアみたいな事もいうつもりはないんですけども。
そう考えてくると、Gunosyサイドからの見解もなんとなく気持ちよく読めてきます。

けんすう氏のあの記事を見て、そりゃ丁寧ですけど、
はいはいメンゴメンゴ
みたいなノリに見えちゃったので。

じゃー、どうすりゃいいって話なんですけど、
やっぱり悪い事したら謝るという行為自体は必要だと思いますけど、
それをあんな風にネタすんのは嫌いやわぁと思いましたよという話です。
※ご本人からすると、善意100%のアドバイス?的なものだったかもしれませんが。

Gunosy に個人的に思うのは

配信される記事は、今の所見た事ある記事が中心ですけど、
時々へぇ!と思うような記事が飛んできたり、ちょいちょい使ってます。

アルゴリズム的なものは改善されていくんじゃないかなぁと思いますし、
使えば使うほどってのもウリらしいので、もうちょっと使ってみて
合う合わないは判断したいかなと思います。


ただ、アプリのUIが未だに慣れんです。

facebookのいいね!ボタンを押したら、色は変わるのに
お気に入りは押したら、色変わらずに帯が付くとか、視点が散るし、
facebookのいいね!は取り消しできないし。
一覧性低いせいで、親指上下上下動かしまくって一番下までいっても、
おお!と思える記事がなかった時の絶望感たるや。

てか、各セルにでかい3つの同じボタン置きまくるとか(ry

サービスとして見たときに、Gunosyと
はてなブックマークやその他ニュースサイトの違いは、
やはり「あなたの」って所だと思うんですよ。

なので、記事だけじゃなくて、それらの配信の仕方についても
もう少しご考慮いただけるとうれしい(個人的な意見ですけども。


まぁそんな感じで。

ウィルコムのiPhone販売代理店宣言に火病る糞メディアGizmode

火病るというわけではないんですけど。

もうどんだけ、ビックウェーブ乗りたがりなんでしょうね。

Gizmodeは
ついにあのキャリアからiPhoneが登場します!

キャリアとか言ってるし絶対誤解招くやろ。

AppBankは著作権とか気にしないの?それともこれは大丈夫なもんなの?

まぁこのプロフィール写真使ってる人間が言うべきものではないですが、

iPhoneで「ハンター×ハンター」がいつでも読めるこの幸せ・・・!
iBooksで何を読めばいいか分からないの → エヴァを読めばいいと思うよ。


これマンガ張り過ぎじゃないのか。

何やらテンションがあがったのかもしれないけど、
これだけ張るのはセーフなもんなの?

ましてや、ハンターハンターの場合はストーリーの重要部分を画像張りながら
晒す始末。ネタバレとかそういう問題じゃないような気がする。

エヴァの方も張り過ぎな印象。個人的な意見ですけど。

まぁ著作権については詳しくないのでわかりませんし、プロフィール写真は恐縮ですけど、
ネタレベルで一枚張ったりするのと訳が違うような。

http://www.shonenjump.com/j/

集英社のHPのフッター部分に
ネットでの不正コピーについてコメントがありまして、

これらの「不正コピー」とアップはすべて、漫画家たちの気持ちに反しておこなわれたものです。そして、「この作品はこう読んでほしい」という作者の意図をも大きくねじ曲げています。

まぁ好きだからといってテンション上がって、スクショレベルのサイズで
ストーリーの重要部分をさらすというのはどんなもんなんでしょ。

私がTumblrをなんとなく使っている3つの理由と、そのきっかけネタ

tumblr

tumblrデザインカスタマイズガイド

tumblrデザインカスタマイズガイド

色々Tumblrは使い方があって、自社サイトにされる方などもいらっしゃるようですが、私はめっきりROM→リブログ→ROMの繰り返しです。

特に意識してなかったんですが、ふとはじめてみて、つらつらと
続いてます。

まぁやはり前に書いた記事の皆様をフォローさせていただいたのは
大きい理由の一つでもあるんですが、

そろそろTumblrやらないか?フォローしてよかったタンブリスタ5選

ちょっと整理してみました。

1.Tumblrだと長文でも読める不思議。

これ不思議なんですけど、つい読めてしまう。
私の場合、基本的にはホーム画面に表示されてきたネタを
見るのが主なんですが、時々特定の記事内の長文引用があったりします。

そう感じたのがこの投稿だったりします
http://raitu.tumblr.com/post/42566355831

こちらは、今話題のパズドラを運営するガンホー森下社長のインタビューなんですが、元記事は
ガンホー森下社長に聞く--脱パズドラで革新的なゲームを世に出したい
なんです。3ページです。その時点で、はてぶかあとで読む行きです。
そして読むのを忘れるパターンだったりするんですが、
Tumblrのように引用で一部だけ引っ張ってきてくれてると
ここ面白い?重要?と思ってしまい、つい読んでしまう。
で実際に面白い。で、場合によっては前後関係も気になるんで、結局元記事に行くって感じですかね。

2.急がない

私は、twitterとかfacebook、ニュース系サイトをついついチェックしてしまうところがあるんですが、それは最新の情報が気になったりするからです。
これは、決して常に最新チェックしてるねんアピールではなく
もはや悪しき習慣と言うべきものであると思っています。

タンブラーの場合、新しめのネタももちろんあるんですが、
めっちゃ古いネタも飛んできます。そういう所にいてると
そもそも急いでチェックしにいこうという気がおきない。

今日iPadでこれを見てタンブラーいいよタンブラー
とか思ってました。このネタは自分への戒めも込めてですけど。

http://yaruolikes.tumblr.com/post/43563789794/nobodyplace-yaruo-yteppei-classics

3.人間関係が0

これも使い方次第だと思うんですけど、私の場合は、
ROM→リブログ→ROM・・なので。
twitterやらfacebookやら時々疲れるんですよ。周りにちょっと気つかったりで。
ええ、すみません。

でも、みんなこういう使い方してるんかな(ROM→リブログ→ROM・・)
と思っていたのですが、これ見てちょっと安心したのを覚えてます。
http://layer13.tumblr.com/post/42827121565

おまけ.ネタの選別が手作業

これも私個人的な意見ですし、私の使い方に特化した話なんですけどね。

グノシーがあまり好きになれない部分だったりするんだけど(ごめんなさい
グノシーはシステム的に私が興味ありそう情報を送ってくれたりするんですけど、
じゃその記事、情報というものに対して
誰がどのような評価をしているのかってわかりにくい。

なんだかんだで、はてブやいいね!の数など人の意思でカウントされた数値の方に気になったり
まだまだ信頼できるというのが個人的な意見なんです。

その場合、タンブラーは、リブログされた数は、スキの数などもそうなんだけど
引用という行為にも、その人自身が手作業による選別が入ってると思うと
なんとなく読んじゃうんですなぁ。不思議なもんで。


とまぁそんな感じ。


振り返ってると、まだまだ魅力ありました。でも、それはもう書かないかもしれない。めんどくさ(ry